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この国を思う:太子会にみる現代人の地縁・血縁

 先月、2月24日にある方のご紹介で、姫路市香寺町溝口にある曹洞宗円覚寺で開かれていた「太子会」に伺いました。ここは古くから溝口廃寺跡太子堂という名で地元の方々の信仰を集めている所です。聖徳太子様の御命日である2月22日は全国の聖徳太子所縁の寺院で「太子会」が同時に開催されます。その前日の21日は弘法大師空海様の「大師会」で、日本の仏教界の二大先人の御命日でともに全国でご遺徳を顕彰するということが今も続けられています。この先人の遺徳を継承するということが、この日本国の民族性、日本人の精神性を養ってきました。最近、家の神棚、仏壇へのお参り、お墓のお守りをやめてしまう人が増えています。溝口太子会で私が見た風景は、沢山の子供がお太子さんに参加して手を取り合って再会を喜ぶ姿です。私たちはある地域に生まれ、人に会い、その縁を広げて行きます。それが人生です。聖徳太子様はそれを「結縁」と言われ大切にされました。私たちがおぎゃっと生まれ落ちてから、親兄弟、親類、知人によって養育され成長します。これは「血縁」によるものです。今立っている処、自分の住処に導かれてきたことを「地縁」といいます。どの人も所縁の地から様々な人、事物を会うことで私たちの縁が広げていくのです。偶々、両親のもとでそこに生まれたというそんな単純なものではありません。今日の軽薄短小な風潮はこの「地縁」「血縁」というものを余りにも軽んじています。ちゃんと、自分が立っている大地にしっかり根をはった生き方をしないと、自分を見失い、何の為に生きているのかわからなくなるのです。

毎日、神様、仏様に手を合わせ、一日の平穏無事をお願いし、一日を精一杯生きるということの大切さを実感したいものです。その事を改めて考えさせられた「溝口太子会」でした。

令和6年2月26日から3月3日日の間に開催された定例講座は以下のとおりです。

▼水厚会講座(安岡人物学を読む) 『酔古堂剣掃』第二講(田中昭夫先生)

第二講は、「淡宕」の心境の二講目でした。「真学と俗学」では、我々の日々の心掛けしだいで、それが「真」になるか「俗」になるかまるで正反対になるのだということでした。社会において為政者に人物がいない、政界にも財界にもこれら皆、「真学」をしていないことによります。また、「遊の哲学」では、我々が簡単に使う「悠々自適」は、本来「優遊自適」でなくてはいけないということでした。『酔古堂剣掃』は、実に示唆に富んだ内容が多く、安岡先生が座右に置いて楽しまれた本です。

▼新聞を10倍楽しく読める地政学 中級篇 (竹原俊三先生)

『現役自衛隊幹部が語る台湾有事』の最終講をうかがいました。今回は、「台湾有事」が興った場合に日本の中枢はどのように対応するのかをシミュレーションしたものを読みました。「台湾有事」に我が国にもたらされる大混乱とそれに乗じて中国が何を仕掛けてくるか、2年前に起こったウクライナ・ロシア戦争、イスラエル・ハマス紛争をお茶の間で見ているだけではだめで、国民一人一人が有事にどう対応するのかという「心の備え」を持つことが大切であるということです。次回は、この「台湾有事」を題材にしたフリー討論会が開催されます。