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昭和維新100年 日本精神に回帰すべき年 第4話

日本伝統行事 節分祭に思う!(姫路神社節分祭に参加して)

 「鬼は外、福は内」邪気を祓い、福を招く願いを込めて、毎年立春の時期に寺社、各家庭で開催される日本の伝統行事が「節分」です。近年は、節分よりも「恵方巻」の日と勘違いされている方もいらっしゃいますが。

 立春を迎えたこの日、天気予報の予想に反して穏やかな冬の日、姫路神社の境内は多くの人で埋め尽くされました。今年は、東京から元姫路藩酒井家第29代当主に当られる酒井忠輝さんも福男として参加され大いに盛り上がりました。13時30分から祭火火入れ式が開催され、次いで、節分の神事が執り行われました。そして、愈々、鬼たちが登場しました。

猿田彦に続いて、赤鬼、青鬼、子供鬼が登場しました。その鬼たちを打ち払う福男、男が登壇し、クライマックスの豆まき、餅播きが行われ、子供からお爺ちゃん、お祖母ちゃんまで歓声を上げて豆拾い、餅拾いを楽しみました。

 明治迄、日本では旧暦(又は陰暦、農業暦)を用いていました。旧暦で言えば2月初旬が正月に当り一年の始まりになります。二十四節気では、立春、立夏、立秋、立冬と四季の移り変わりに無病息災と和平安寧を祈るお祭りをしてきました。日本人は自然と共生し、自然の営みに歩調を合わせて生きてきた民族です。豆まき、恵方巻とグルメばかりに目を向けがちですが、日本人としての情緒、情感を感じ、取り戻すひと時にしたいものです。

令和7年1月27日から2月2日までの間に開催されました定例講座は以下の通りです。

▼安岡正篤先生全著作を読む 第42講『童心残筆』第3講 (竹中栄二先生)

 安岡先生の随筆集を読む三回目の今回は、「鴻爪」「満州」「山路」の三作でした。「鴻爪」は、寝台列車に揺られ東京から熊本の講演に向かわれる道中で思索されたことが書かれています。都会の雑踏から自然豊かな山川の景色を眺め、木々、石、崖、渓谷の美に思いを馳せられる様子が伺われます。二作目の「満州」では、安岡先生が初めて満州を訪問(大正13年1月)され、満州を自分の目で見られて感じられたことが良く分かります。翌年、大正14年の夏には

満鉄夏季大学の講義で二度目の訪問をされ、念願の王永江(元張作霖の参謀)氏との対談を果たされ、金蘭の交わりを果たされた様子が伺えます。安岡先生と王永江が描いた満州王道楽土が実現していれば、第二次世界大戦という世紀の大惨事は起こらなかったのかもしれません。第三話は、中学生の頃を思い出して、岡村閑翁老師(生駒山大乗瀧寺在)、浅見案齊宮司(善根寺春日神社)から受けた教示を回想されたものでした。

 追記

安岡正篤先生が幼少期を過ごされた東大阪の孔舎衙、四條畷を会場にして昨年末には、第二回新・瓠堂忌が開催されました。詳細は、ホームページに添付のPDFファイルを御覧ください。瓠堂忌は毎年安岡正篤先生の御命日である12月13日(前後の土日)に、安岡先生の遺徳を顕彰し、同志道友が一年の覚悟を新たにする追遠祭です。今年は、埼玉の郷学研修所・安岡正篤記念館で開催されます。次回、関西開催は、令和8年になります。