皇紀2886年建国祭(兵庫縣姫路護国神社)に参列して


直前まで小雨が降る中、皇紀2886年の建国祭が兵庫縣姫路護国神社にて厳かに、盛大に開催されました。先週の衆議院議員選挙の後という事もあり、政治家の方々の参列が目立ちました。高市総理の進退をかけた選挙が自民党の圧勝に終り、丙牛の年は「強い日本造り」がこれから更に進められることでしょう。それには、今一度、国民一人一人が日本という国の「国体」に立ち返り、将来にむけて国の基礎固めを確実に進めて行かねばなりません。岸田、石破政権下で迷走を続けていた日本経済に漸く上昇機運が出てきました。この風を活かし、様々な内憂(犯罪の増加、凶悪化、少子高齢化、子供の不登校、多動性などの精神疾患増加など)に対する抜本的な対策と外患(世界の覇権国家の傍若無人な振る舞い)への正確な対応で、世界の中の日本の役割を果たさねばなりません。これは政治家任せの国造りではありません。心ある国民一人一人が立ち上がり、自分の為すべきことを実践するのです。今の日本に必要なのは教育と農業の立て直しです。食糧自給率も問題ですが、国民の食への誤った理解を糾す「食育」が必要です。食に対する無知が、子供たちの精神疾患に大きく関与していることは既に証明されています。初等教育に大きな影響を及ぼしています。我々庶民のできること、それは、日本人の特性を再認識し、日本精神を戻すことにあると思うのです。令和人間塾は今年も「教育と農業による国の再建」に取り組みます。
令和8年2月9日から2月15日に開催された定例講座は以下のとおりです。
▼2月12日 伊與田覺先生のみ教えに学ぶ 第7講 (三木英一先生)

『指導者として人物を磨く・論語』の第七講目は、「孔子の門人三千人と孔門十哲」を学びました。紀元前551年曲阜郊外の陬邑に誕生した孔子は十五歳にして學に志、三十歳にして私塾を開いて教育者としての人生を歩み始めました。最初の頃の弟子は、子路、顔路、曽晢らの幼馴染でしたが、その名声は徐々に広まり、やがて孔門十哲と呼ばれる優れた弟子十人が揃いました。やがて孔子が魯国の政治に関与するようになり、孔子の周りには「六経」を修め、くしのです。十四年間の仕官を求めての苦難の遊説、放浪生活に随行した十哲とのやり取りが『論語』の中心です。69歳で曲阜に帰郷してからは、専ら著作、研究活動に没頭しますが、最晩年に息子鯉、顔回、子路の死という悲劇に遭いますが最高の弟子曾子が登場し、孔門を託しました。