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姫路師友会が53年の活動に終止符を打ちました。

 昭和37年12月に産声を上げた尚志会(安岡教学の勉強会)は、昭和48年に姫路師友会へと発展し、爾来53年の長きにわたり、安岡正篤先生の教学精神を伝承する会として存続してきました。令和2年に精神的支柱であり、尚志会の指導をされてこられました岩松 保先生がご逝去された後は、田中昭夫会長がその大任を一身にうけ、一燈照隅行に邁進して来られたのです。姫路と言えば「易経講座」といわれた時には、延べ会員数は100名を越し、例会の参加者も30名を超え、国内で唯一無二の勉強会になりました。安岡先生の教えを20歳代からうけ、「凡愚は凡愚なりに精進を続ければ、それなりの人物になる」を常に自分に言い聞かせて、正道を歩み続けられた田中昭夫会長の人生そのものが「姫路師友会」であったと思います。昨年の夏ごろから、怪我、病気で入退院を繰り返されながらも、後進の指導、教育を第一に考えられて闘病生活を過ごされてきたのですが、治療の甲斐なく、本年2月18日の夕刻にご逝去されました。遺された姫路師友会の道友で思案を重ねた結果、「田中昭夫先生無くして姫路師友会の存続はあり得ない、これを機に姫路師友会も幕引きにし、今後の師友会活動は、令和人間塾に引き継いでもらおう」という結論に達し、4月29日に開催予定の「田中昭夫先生を偲ぶ会」を以て、姫路師友会の完全解散とすることになりました。

 *田中昭夫先生を偲ぶ会:令和8年4月29日(水・祝)午前10時より

式典挙行、姫路キャッスルグランビリオホテル3階大広間 於

 世界中が混乱し、日本国内も混迷を続けている今、祖国日本及び日本人を救う唯一無二の方法は、日本人が日本民族精神を覚醒することです。日本人が日本人であるという自覚と覚悟をもって立ち上がる為には、人間学に基づく人間力の修得が必須です。安岡先生がなくなられて42年の今、令和8年丙午の年の今こそ、日本精神への回帰が必要なのです。令和人間塾は、田中昭夫先生の築かれた姫路師友会を更に発展させ、播磨から日本を担う「一燈照隅行」を継承してまいります。師友道友の皆さんの参加を心よりお待ちしています。

令和8年4月21日から27日の間に開講された定例講座は以下の通りです。

▼4月21日 政治家及び政治・行政に関わる人の人間学 第15講

(三木英一先生・竹中栄二先生)

 『現代の道標』の二回目も、「政治家必読」から、竹中先生の講義では「これを考えよう」「民主主義政治の致命的弱点」「民主政治に対する警語」「自由民主の正解と発憤」「圧力団体と支配階級」を味読しました。これらは昭和30年代半から40年代半にわたって『師と友』の巻頭に発表されたものです。二講目の三木先生の講話では、『為政三部書に学ぶ』牧民忠告(地方行政官に対する忠告)の第三講目の聽訟を学びました。地方行政官の重要職務の一つが、「さばき」です。如何に、公平無私な裁きを行うかについて、平素から気をつけなければならないことは何かを学びました。

▼4月23日 水厚会講座 『宋名臣言行録に学ぶ』第 講 (竹中栄二先生)

 田中昭夫先生のご逝去もあり3カ月休会しておりましたが、田中先生の意思を尊重して今月より講義を再開いたしました。竹中先生が再度『宋名臣言行録に学ぶ』整理し、編集されたテキストをもとに学びました。今回登場した人物は、宋代切っての名文家で名高い欧陽脩の逸話でした。欧陽脩は唐宋大八家の主席とも言える文人であり、経世家としても名をはせた人でした。

▼4月23日 岡田武彦先生の著作を読む 『抜本塞源論』第二回 

(三木英一先生)

 王陽明の代表的著作である『伝習録』に集録されている「抜本塞源論」を抜き出し『警醒の書 抜本塞源論』として岡田武彦先生がまとめられたものが本テキストです。この格調高い名文を素読し、その大意を学びました。次回からは、名文を分解して少しずつ解説を味わっていきます。

▼4月26日 伊與田人間学を学ぶ 『男の風格をつくる論語』第4講

竹中栄二先生)

 今回の講義は、第4章の「窮地に立ってわかる人間の真価」でした。孔子先生は73歳で生涯を終えられますが、その生涯を振りかえってみると、苦境苦難の連続でした。73年の人生の中で最も充実した期間はたった7年と短かったのです。それでも更なる高見を求めて求道の人生を歩み続けたからこそ、2500年も経った今日でもその教えが継承されるのでしょう。生きるか死ぬかの境に立った時、天はまだ私が為す使命があれば生かしてくれるはずであると信じて努力を怠らなかったのが孔子であり、伊與田先生でした。