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第五回 有源会(伊與田覺先生のお誕生日を祝う会)のご案内

 来る6月15日に、110回目の誕生日を迎えられる伊與田覺先生のご遺徳を偲んで第5回の有源会を開催致します。102歳でご逝去された先生のみ教えは先生の講義録を読めば読むほど味わい深いものがあります。高知県の西端に生れ、十四歳から大阪に居を移し、教師と為る為の学びを開始された先生の学びは常に『論語』と共にありました。7歳で、親戚の岸本百次氏に『論語』の手解きを受けて以来、お亡くなりになるまで、『論語』は常に先生の側にあり、飲食と同じような存在だったのです。伊與田先生の本にサインをお願いした時に、書かれる言葉で一番多いのは、「一貫」だと思います。「一以て、之を貫く」、即ち、自分がこれだと思った一つの信念を貫き通すことで、全ての言動、行動にそれを反映させることです。『論語』は、普通の人だった孔子が、志を立てて、聖賢を目指して学び、いろいろな艱難辛苦に遭遇しながらも、一歩づつ目指す「君子」を実現していった試行錯誤の人生言行録であるとも言えます。伊與田覺先生の人生も然りです。人は志を立てて、必死にもがきはじめると必ず師に会えます。この師は求めなければ得られない師です。必ず、遅すぎず早すぎず出会うことができるこの「正師」に出会えるかは、志の正しさ、本気度によると伊與田先生は言われました。その先生の最晩年に、娘さんとしてお父さんの世話をされた次女の伊與田恵子さんに、晩年の伊與田先生の素顔について今回はお話頂き、110歳のお誕生日をお祝いしたいと思います。くわしくは、ホームページに添付のチラシをご覧ください。

令和8年5月11日から24日の間に開催された定例講座は以下のとおりです。

▼5月14日 伊與田覺先生のみ教えに学ぶ 

『指導者として人物を磨く・論語』第5講 (三木英一先生)

『指導者として人物を磨く・論語』の第10講は「『論語』の目指す君子たる人物」でした。伊與田先生は、『論語』は「君子の学」であると言われます。『論語』の中には、「君子」が63章句に、「小人」が19章句に登場します。

簡単にいいますと「君子」とは「人の上に立つ立派な人物」、「小人」は普通の一般の人ということになりますが、普通の人だった孔子少年が、一歩一歩人格をたかめ、遂に「聖人」と言われる人物になっていくのが『論語』という物語です。「君子は義に喩り、小人は利に喩る」は今も昔も変わりません。

▼5月19日 政治家及び政治・行政に関わる人の人間学 第16回 

                     (竹中栄二先生、三木英一先生)

 前半は、安岡正篤先生の『現代の道標』から、「政治家必読」の部分を味読しました。内容としては、「政治家必読」「政治家の機微」「権勢中毒」「政治家の祈り」「宰相の祈り」です。これら、雑誌『師と友』の巻頭言として、昭和33年、41年、43年掲載されたものですが、各時代における世界の識者の遺した名言ばかりです。是非、こういう言葉を政治の自分の政治信条に加え、日々の活動に供してほしいものです。

 後半の三木先生の『為政三部書』を読むは、第三章「牧民忠告」の第三講で

「御下」(人事管理)について学びました。部下の管理、厳正な規律、下級職の使い方、事を省く、信賞必罰と公務員のみならず、すべて職業人に通用する箴言だと思いました。

▼5月21日 安岡教学 『安岡正篤に学ぶ人物学』

上山保彦氏 (三木英一先生)

 今回の講話は、元住友生命会長の上山保彦氏でした。上山氏は会社の上司であった新井正明氏の影響もあり、若い頃から人間学の書を耽読されてきました。

今回は『孫子』にかかわる話ですが、江戸、明治の武士、為政者が座右の書として愛読した『宋名臣言行録』、『貞觀政要』を社員向けに講じられた講義録もあります。『孫子』の兵法は、経済界でもよく読まれています。現代社会をビジネス戦場として捉えて、『孫子の兵法』を活用しています。

▼5月24日 伊與田人間学を学ぶ 第8期 『男の風格をつくる論語』

5講 (竹中栄二先生)

 今回のテーマは、「孔子が求めたものを求める」でした。孔子は釈迦やキリストのような宗教家ではありません。孔子は終生、人々の中に住み、人々を教え導くことに努めました。孔子にとっての一大転機は50歳目前の「易学」との出会いでした。孔子は自然界、人間界の不変の真理を「易学」に見出しました。そして、それを会得するには、人生に於ける私意(私心)、執着、頑固、我欲を捨て去り、天地と一体になることであると悟りました。それにより、それまで見えなかったもの、聞えなかったものを解することができるようになったのです。