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この国を思う:いまこそ、教育勅語の復活を!

 明治23年(1895年)10月30日、「教育勅語」が渙発されました。明治維新から23年、当時我が国は忠孝を根幹とした国民道徳は、封建時代を脱して、世界史の舞台に躍りでようとしていました。しかし、我が国を取り巻く外的、内的環境は一瞬の余談も許さない状況でした。「漸く封建制度を脱した日本は、単に外国文化の摂取だけに止まらず、そこには古い残渣が強い力をもって新しいものの進出を拒んでいた。当然そこに国内的な混乱と角逐とが起った。外敵は周囲をうかがっている際、正に文字通り「兄弟相せめぐ」の形であった。」(『師と友』昭和33年8月号 片山清一論文)

 欧米の帝国主義的な植民主義と真正面から対峙し、同時に、国内では殖産興業、富国強兵を旗印にした近代国家の建設という大課題に直面していた訳です。

 そのような状況下、国家の基盤である道徳を如何に正しく維持、継承するか、その究極は「誰が徳育の方針をくだすのか」ということで、それに対して明治天皇が下された大英断が「教育勅語」の渙発でありました。

 10月23日(日)姫路師友会の例会に参加いたしました。講話者金井利孝さんの演題は「次代につなごう「教育勅語」のこころ」でした。金井さんは、これまでも、日本国憲法の改正をはじめ、祖国日本を美しい国に戻す為の建言を行って来られています。

 金井さんの講話は、「教育勅語」渙発の背景に始まり、運用、理解の為の言葉の解釋、「教育勅語」のこころと進み、最後に、全員で「教育勅語」を朗誦いたしました。この朗誦に参加して、今更ながらこの名文とその意義を全日本人が再度、認識することが日本再興の第一歩であることを確信しました。

 今、アメリカの小学校では英訳された教育勅語を子ども達が朗誦しているそうです。世界で認められ、大事にされているこの勅語が、何故、日本で朗誦できないのでしょうか。今にも、第三次世界大戦が勃発しかねない状況で、日本及び日本人はどうあるべきか、この国を未来永劫発展させる為には何をしていけばいいのか、私たち一人一人でも取り組める活動は「国旗の掲揚」と「教育勅語の朗誦」ではないでしょうか。まず、毎日、「教育勅語」を読みましょう!

◎先週(10月17日から10月23日)開催された定例講座のご紹介

10月23日:伊與田人間学を学ぶ 第二期『中庸を学ぶ』 第五講

(竹中栄二先生)

 安岡教学に参じて、安岡正篤先生の著作を読み解こうと思うなら、まず、伊與田先生の人間学を修めるのが先決せあろうということで開講されたこの講座も

第二期に入り、現在は、伊與田先生の著書『中庸に学ぶ』を味読しています。

今回は、その中から「第三章 至誠に生きるということ」ということで、至誠に生きた先人、松下幸之助翁の逸話を交えて講義されました。