この国を思う:追遠のすすめ 藤樹書院を尋ねて
『論語』学而篇に曰わく、「曾子曰わく、終わりを慎み遠きを追えば、民の徳厚きに歸す。」久し振りに中江藤樹先生の徳風ただよう滋賀県高島市安曇川を尋ねました。
日本陽明学の祖、日本孝経の父とよばれた藤樹先生がお亡くなり成って375年が経過して今日でも、先生の遺徳が継承され、静かな佇まいの安曇川町小川村は古き良き日本の風情を感ずる処です。
先師伊與田覺先生は師範学校を卒業され、教職に就かれる前に、藤樹書院を尋ね、「日本一の教師になる」ことの決意を報告されました。
伊與田先生が教師の目標とされた藤樹先生は戦国時代が終わり、武家社会の黎明期にあたる江戸時代の初期に生きた方です。
関ヶ原の合戦の後、戦乱の世から泰平の世に変わり、日本人の生活が大きく変化した時分です。
武士であれば安定した生活が約束されたはずの藤樹先生が求めたのは、功利の為の学問、立身出世の為の学問でなく、自分に与えられた命(使命)は何かを追求する「道の学問」でした。
持病の喘息のせいか、40歳という若さで早世された先生は、大野了佐、熊澤蕃山という偉大な弟子を残されました。
教育の本源を「孝の精神」に置き、人として最も大切なことは「孝の精神」をまず身に付けることとし、孔子の弟子、曽子が著した『孝経』を教えの中心に置かれました。
藤樹書院で数日を過ごされた伊與田覺先生が小学校の教員になった後、『孝経』の素読を重視されたのも、この藤樹先生の教育方法に倣われたのでしょう。
伊與田先生が生涯の大半を我々庶民の為に人間学教育に費やされました。
特に、重要視されたのが小中学生を対象とした尋常研修でした。
尋常研修は『孝経』の素読に始まり、『孝経』の素読で終わります。
人としての基本中の基本が、ここにあります。
今の乱れ切った日本をどこから再建するのがいいのか、その答えは『孝経』の素読を小学校教育に取り入れで、毎朝素読することだと思います。
夏休みも後一か月先に迫ってきました。夏休みには『孝経』を読んでみてください。
6月25日 伊與田人間学を学ぶ(竹中栄二先生)
『人はいかにして大成するか』の第六講は、この書の最終講にあたります。
第二期で「『中庸』に学ぶ」を耽読しました。
この第三期は本書の副題に「「神道」と『中庸』に学ぶ」とありますように、日本人の心、「神道」と『中庸』関わり合いを学びました。
『中庸』の眼目は「神道」の中に実現されていますし、「神道」を理解する最も適した教科書は『中庸』であると伊與田先生はおっしゃってます。
『中庸』全三十三章を素読し、併せて『中庸』に学ぶ、『人はいかにして大成するか』を併読すれば、伊與田人間学の真髄に一歩近づくことができます。